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高松高等裁判所 昭和37年(ネ)197号 判決

控訴人 安西茂則

被控訴人 香川県知事

訴訟代理人 杉浦栄一 外二名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が、別紙目録記載の農地につき、昭和三二年五月一七日付をもつて、買収期日を同年七月一日としてなした買収処分を取り消す。

訴訟費用は、第一、二審分とも被控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

本件農地は、控訴人の所有であつたところ、被控訴人香川県知事が、これにつき、昭和三二年五月一七日付をもつて、買収期日を同年七月一日とし、農地法第九条により、同法第六条第一項第一号にあたる小作地として(いわゆる不在地主の場合)買収する旨の処分(以下本件買収処分という。)をしたことは当事者間に争いがなく、なお、〈証拠省略〉によれば、香川県木田郡三木町氷上地区農業委員会は、昭和三一年八月一日現在で同地区の小作地一斉調査を行ない、同年九月一日本件買収処分についての農地法第八条による公示をなしたことを認めえ、該認定に反する証拠はない。

本件買収処分につき、右不在地主であるかどうかにつき、控訴人は、香川県木田郡三木町大字上高岡二、三六〇番地(以下単に「上高岡」という。)がその住所であると主張し、被控訴人は、高松市紺屋町七番地の五(旧南紺屋町三七番地、以下単に「紺屋町」という。)が控訴人の住所であつて不在地主であると主張するので、この点につき考えてみるに、〈証拠省略〉弁論の全趣旨によれば、控訴人家は先祖代々上高岡に居住し、控訴人は、同所に広大な邸宅を有するものであるが、昭和一三年三月京都大学医学部を卒業し、終戦後一時同大学の文部技官をした後昭和二五年六月頃屋島病院に奉職し、昭和二七年一一月頃よりは同病院を辞して檀紙村診療所に勤務し、昭和二九年一〇月頃同診療所を辞して昭和三〇年六月頃紺屋町に診療所を開設して現在に至つていること、家族は、妻孝子(昭和一六年結婚)、子章子(昭和一八年一二月生)同英明(昭和二四年八月生)であること、控訴人の母幹野は、昭和二七年五月三〇日死亡したが、それまで右上高岡の家に居住していたこと、同家の耕作、雑用をしていた使用人訴外松本新吉が、昭和二四年頃から昭和三四年頃まで同家内に居住していたこと、同家には、先祖代々からの家財道具類がそのままおかれていること、控訴人は、屋島病院勤務中の昭和二五年六月頃から昭和二七年九月頃まで家族三名と共に高松市屋島西町の同病院の住宅で起居し、昭和二七年九月紺屋町に家屋を購入して後はその頃から左記診療所の開設頃まで矢張り家族三名と共にこれに起居し、同所から屋島病院、同年一一月頃からは檀紙村診療所に通勤し、昭和二九年一〇月頃村当局から退職勧告を受け、同診療所を辞したこと、その間控訴人夫婦は、上高岡の家にはつとめて行くようにしていたこと、昭和三〇年六月頃右紺屋町の家屋を改築して、診療所を開設したこと、該診療所建物は、診療室その他診療業務に必要な諸部屋ばかりで、控訴人ら家族四名が常時起居するに足りる場所もなければ、設備もないこと、上高岡の家から右診療所に至るまでの所要時間は、自動車を用いると三〇分そこそこであること、控訴人と孝子は、右診療所開設頃以降は、主として上高岡の家で起居し、控訴人は診察のため(昭和三一年五月頃からは自家用車を利用し、)右診療所に通い、孝子は、右診療所から高松市内の学校、幼稚園に通つていた子供らの世話等のためしばしば上高岡の家と右診療所の間を往き来し、なお、診療所開設頃以降は、孝子の実母がその家から通つて子供らの面倒をみに来ていたこと、その他控訴人が昭和二七年六月一五日から上高岡を住所とする住民登録をなし、食糧の配給を受けていること、また孝子が、昭和二八年頃から前記松本新吾の手伝をえて上高岡の屋敷内の約一反の畑を耕作していること等の事実を認めることができ、これらの事実と〈証拠省略〉、弁論の全趣旨を総合考察すると、控訴人は、上高岡は先祖代々居住の地でもあるところから、もともと同地から全く離れてしまう意思はなく、ただその母が死亡するまでは母が同所の家に居住し、使用人の松本新吉もいたこととて気軽に家を離れていたし、母死亡後も高松市内で子供に教育を受けさせたく、そのためには同市内にいることが何かと便宜であり、それに右述の如く引き続き松本が上高岡の家に居住していたので紺屋町に家屋を購入して同所で家族と共に起居していたが、昭和二九年一〇月頃その頃勤務していた壇紙村診療所からの退職を村当局より勧告され同診療所を辞するのやむなきに至つたので紺屋町の家屋を改築して昭和三〇年六月頃診療所を開設し、その頃から後控訴人夫婦は、子供らは通学、通園の関係から同診療所に起居させたが、自分らは主として上高岡の家に起居し、同所から右診療所に赴き診療業務にたずさわり、或は子供らの面倒をみ、その余の生活関係は、殆んど上高岡の家を中心としてこれを営み、同所を生活の本拠とするに至つて現在に及んでいるものと認めるのが相当である。(中略)

そうすると、控訴人は、本件買収についての農地法第八条による三木町氷上地区農業委員会の公示以前から引き続き上高岡に住所を有するもので、本件農地は、農地法第六条第一項第一号にいう所有者の住所のある市町村の区域の外にある小作地ではないから、本件農地が同条項号に該当するとしてなした被控訴人の本件買収処分は、進んでその余の点につき判断するまでもなく違法として取消しを免れず、これを求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきもので(違法処分ではあるが、本訴請求を棄却すべき特別の事情については、これを認めうべき資料はない。)、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は取消しを免れない。

よつて、民訴法第九六条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 呉屋愛永 杉田洋一 鈴木弘)

目録〈省略〉

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